「がん患者は働かなくていい」叩きにみる危うさ

2017年9月12日

ポリティカル・コレクトネスかざして失言を叩いても人は変われないよな〜と思った話。

どこぞの禁煙後進国の国会議員が「がん患者は働かなくていい」と内輪の会で発言したとかで大変盛り上がっていた。本人は「(がん患者は)受動喫煙のない所で働く方がためになる(との趣旨だった)」とごまかしていうるが、本心は”がん患者は家で寝てろ”、”俺の喫煙場所を減らすな”と言った所にあるだろう。

当然の帰結としてメディアから国会議員にあるまじき発言と叩かれまくったし、敵失とみた批判政党からは人間失格だと言われる始末。馬鹿につける薬はありませんなと思っていたが、国民の代表の発言なので同様の考えを持つ人は意外と多くいるに違いない。健康とがん患者像にたいする認識が不足しているのだ。

世界保健機関憲章
HEALTH IS A STATE OF COMPLETE PHYSICAL, MENTAL AND SOCIAL WELL-BEING AND NOT MERELY THE ABSENCE OF DISEASE OR INFIRMITY.
健康とは、完全な肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、單に疾病又は病弱 の存在しないことではない。

健康ってなんだろうねと考える時にいつも思い出すのはWHO憲章だ。どうせ人間は必ず死ぬ。がんになろうが病気がなかろうが。そうは言っても健康に生きたいと思うのがヒトの性であり、現代社会では権利として認めてもらっている。がんになったとしても、病気になったとしてもヒトは健康でありたいと願うものだ。別にがん患者だから仕事しないで良いよというのは、social well-beingであることを放棄せよという優しい殺し文句だ。

また、がん種にもよるが昨今のがん患者さんは意外なほど元気だ。そりゃ死にそうになったら元気はなかろうが、それはがん患者に限った話ではない。がんに罹患することで肉体的健康の一部は駄目になるけど、その他の精神的及び社会的健康まで一緒に駄目になる必要は全くない。がん患者を不健康にしている一因は世の認識不足からくる優しさのせいだ。

今回の失言騒動から我々が学べるのは失言に注意しようねということであり、健康やがん患者像に対する理解が深まる訳ではない。ポリティカル・コレクトネスをかざして叩いても地下に潜るだけ。ああ失言しちゃったな〜気をつけよ〜と考えが改まることは決してない。

とりあえず一通り叩き終わって落ち着いたみたいだから、今後はこの失言したおじさんに健康やがん患者像について深く学べる機会をこれでもかと提供して、実際に認識が変わるかをノンフィクションとして追いかけたらどうだろうか? 失言を叩くだけでは世の中は良くならない。なんか工夫が必要なんだよなー。

スポンサーリンク