【コロナ】岩田動画問題に見る失敗の本質

世間を大いにざわつかせた岩田動画。御多分に洩れずミーハーな私も乗っかっていたところを、友人に諌められた。至らなさを指摘してくれる友人には心底感謝しており頭が上がらない。当事者意識皆無の能天気な自分の言動を大いに反省している。しかし、それでも岩田動画問題には学ぶところは多い。

一身独立した個人が力を持つ時代
従来型の記者会見による情報公開の限界
失敗の本質を含有し続ける日本型組織・社会の宿痾

岩田健太郎先生は感染症を専門とする医師で発信力もあり医学界ではもともと有名人であった。私も岩田先生が執筆か監修した感染症の教科書で勉強した記憶もある。一方で岩田先生を目立たせるのは今回の事件でも現れた空気を読まない行動力を持つ変態でもあることだ(伝聞です。直接は知りません)。基地外と言ってもいい。ここがもう一人の感染症界の有名人A先生ほどの尊敬を集められない理由だろうし、行政サイドから仕事が回ってこない理由でもあろう。ただし、そんな変態であるにも関わらず医学部教授に就任するほどの実力を持っているとも評価できる。岩田先生個人の名前を出し続けるのも恐縮なのでイワケンと愛称で呼ぶことにしよう。

色々と言い訳をしているがイワケンはクルーズ船に侵入を果たした。吉田松陰を彷彿とさせるイワケンの行動。吉田松陰は知的好奇心に駆り立てられ黒船に乗り込み密航を企てた。日本人の外国への渡航が禁じられていた幕末日本での出来事である。しかし日本の法令を尊重したペルリによって乗船は認められず船を下されることになった。その後は幕府によって捉えられ獄中の人となった。イワケンはクルーズ船に感染症対策を依頼されて乗り込んだわけではない。DMATの一員として侵入した。何がイワケンをしてクルーズ船に侵入するに至らしめたかは私の知るところではない。結局秩序を乱してしまい船から下されることになった。その後は政府によって捉えられて獄中の人・・・にはなっていない。ただし英雄になりかけたが、同一性を重視する日本社会の空気によって抹殺されつつある。この点はあとで述べる。

実際の船内の様子を見て危機感を抱いたイワケンはYoutuberとしてデビューを果たす。動画内で本人も述べていたように編集技術はこれからに期待といったところだ。発言内容の真偽・事実誤認については判断しようがないため深く立ち入らない。しかし一連の行動から起きた炎上を含めた社会現象が実に興味深い。

動画公開には炎上の環境が整っていた。まず世間が大本営発表に疑いを感じるに十分な状況だった。感染者数が日に日に増えているように見える情報提供がある一方で、クルーズ船内部は一般から隔離された密室となっており、何も内部の情報が公開されておらず人々の心配・関心が高まっていた。もっと言えば、ちゃんと管理できていないのではないかと疑念が湧いていた。次に神戸大学教授という肩書きが発言に信ぴょう性を与えた。一般の人はイワケンなんて普通は知らない。しかし発信力のある先生なので検索すればすぐに感染症専門医であることはわかる。そしてどうやらSARSやエボラの現場も見ているらしい。只者ではなさそうな人物からの告発だ。そして決めては、内部の状況が悲惨だったという内容。ほらやっぱりねと世間は得心がいったことだろう。見事な管理だったと告発しても何も面白くもない。政府の管理が不十分ではないかと疑念が湧いていたところに、それを補強するネタが投下されたわけで見事に炎上した。恥ずかしながら私自身も動画に多分に乗せられたことを反省として記しておく。

一次情報はやっぱり強い。しかも本物っぽい有識者からの一次情報だ。コロナを正しく恐れるように情報発信した御用学者とおぼしきイワケンが、まさかの政府批判に値するクルーズ船管理をボロクソに叩いている。マスメディアも注目し、yahooトップにも取り上げられ、官房長官に対して質問がとび、厚生労働大臣が感染研の所長を伴って反論を行うまでに至った。しかし政府がいくら否定したところで、これまでの大本営発表と違いがなく、専門家からの一次情報の告発は支持を集め、炎上から爆発へ向かう勢いとなった。桜なんか見る余裕はなくなり、すわ英雄の登場かと多方面が色めき立ったことだろう。

しかし英雄イワケンは生まれなかった。同じ一次情報を発する中の人に鎮火されてしまったのだ。鎮火したのは高山義浩医師(以下T氏)。厚生労働省で現場対策にあたっている当事者の一人らしい。もちろん私は、この中の人も直接知らないが、以前よりSNSでの発信を目にしたことはあった。その文体は専門性を持ちつつも専門バカとならない暖かさで溢れており、優れたコミュニケーション能力の持ち主であることを思わせていた。このコミュニケーション能力の高さで、イワケン動画を(本人の意図はともかく)叩き潰して、ほぼ鎮火に成功したといっていいだろう。体制側の中の人が名前を出して個人として発信したこと、反論コメントの発信が迅速であったことが、世間に対する説得力を持ったと感じている。

興味深いのは今回の炎上から鎮火までのやりとりに組織は全く関与していないことだ。肩書きが有効に作用したとは言え、イワケンは神戸大学の組織をして政府の対応を批判したわけではない。T氏も厚生労働省の記者会見として情報を提供したわけではない。お互いSNSでの発信だ。組織に所属する人間が、勝手に社会的影響のある発信をしたため組織内においてはタダでは済まないだろう。しかし、お互いそんなことを気にする人間ではなさそうだ。一身独立している。まさに個人が力を持つ時代を実感させる出来事だ。

問題は従来型の記者会見による情報提供が限界にきているのではないかということだ。岩田動画が力を持ったのは政府発表に世間が疑念を抱いていたからだ。なぜ疑念を抱いていたか。世間を納得せしめるだけの情報が公開されていなかったからだ。感染者数が増え続けているのに、適切に管理されていると大本営発表をされても信じろという方が無理筋だ。しかも大本営発表は現場がわかっていなさそうな偉い人の口から発せられる。Twitterの時代であることを思えば速報性も大いに劣る。このままの情報提供方法では危機が起こるたびに国民は疑念を感じ続けるだろう。

時代が進み情報公開には正確性、速報性、信頼性が強く求められるようになっている。正確性はこれまでも当然重視されてきている。速報性は世間のニーズには全く応えられていない。しっかり検証して発表する予定であったろうが、今あるニーズを放置したために岩田動画の炎上を招いた。信頼性を担保するのは何か。非常時において日本政府はあまり信頼されていない。然るべき専門性が担保された人間が権限を持って仕事をしていることが伝わるようにコミュニケーションを工夫すべきだ。イワケンと政治家の感染症に対するコメントの説得力の差はいうまでもないだろう。もっと現場に近い人間が広報を担当する必要がある。今回はT氏のゲリラ的SNS発信で鎮火したが本来あるべき姿ではない。政府側の発信は管理されるべきだ。従来型の記者会見では時代が求める速報性の達成は無理だ。速報性は別の媒体に任せ、信頼性に重きを置いた場へ進化しなければならない。

クルーズ船内での新興感染症との戦いで露見したのは日本型組織の宿痾だ。検証を待ちたいところだが、クルーズ船内の感染対策は満足できるものではなかったであろう。イワケンが指摘するまでもなく最前線で戦っている感染症の専門家もわかっていたに違いない。何故できなかったのか。イワケンのような突破力のある変態がいなかったためか。私は適切な権限が与えられていなかったためだと思う。今回は感染症が敵であるため感染症の専門家に十分な権限が付与されるべきだ。実際そうなっていたかは甚だ疑わしい。一般的に権力側は外様の専門家に権限を与える勇気はない。私もない。専門家も緊急対応の訓練を受けているわけではないため権限を引き受ける勇気がない。専門家が必ずしも緊急時に使えないのは原子力で経験済みだ。苦しい。緊急対応の訓練がなされた専門家が求められる。ちなみに医系技官は感染症の専門家でも臨床医でもない。医師免許を持った行政官だ。彼らに追加の権限を与えても事態は改善しない。そもそもそんな余裕もない。緊急時において彼らに求められるのは、むしろ権限を解放して外部の力の有効活用を促進することだ。

イワケンのような突破力のある変態がいたら事態を統率できるのか。それも難しい。非常時には役立ちそうな変態も、平時にはただの変態だ。個人で発信するような組織の秩序を乱す輩は排除されて霞ヶ関から地方に飛ばされる。霞ヶ関でやっていけるような専門家は調整能力が優れるが、調整能力が優れているために適切な権限が与えられても相手の事情も斟酌して妥協してしまう。専門家としてしっかり意見をしなければならないところを、言われる前から妥協した提案をしてしまう。妥協した提案を聞いて実行部隊は安心してさらに妥協をして対策がなあなあとなる。変態に非常事態を任せられるかというと空気読めないのでさらに難しい。変態の使い道は、外部の専門家として監査を任せるのが適当だ。権限を使い慣れない内部専門家には外圧を利用させて状況を改善する試みが一つの解決策となる。

英雄になり損ねたイワケンは逆にデマゴーグとして叩かれ始めている。御用学者から反権力のデマゴーグまで忙しい。権力vs非権力の構図でしか捉えないから評価のアップダウンが激しいのだ。イワケンは純粋に感染症の専門家として生きていると私は信じている。イワケンを批判する筋は、「現場で働く人への配慮が足りない」「国益を損ねている」と言った論を展開している。前者は一部事実だろう。ただイワケンが権力を批判してまで戦っているのは感染症であり、それは感染症という外敵から国民を守るためである。その国民が権力側と自己同一化を果たしたかのように、権力批判したイワケンを批判するのは皮肉としか言いようがない。国益を損ねたことになるかは今後の政府の対応次第だ。適切に対応できたと大本営発表することではない。誰も満点の対策が取れたなどとは思っていない。かと言ってイワケンのような変態の批判を全面支持するほど世界もアホではない。世界が初めて経験した今回の事態をいかに迅速に情報公開できるかで日本の評価が決まる。情報公開は速報版と最終報告と分けていい。今は迅速さが求められている。

最前線で戦っている関係者の方々には最大限の敬意を評したい。今回の事態を受けて日本型CDCの議論が再度盛り上がってきそうだ。専門家の力を有効活かせる組織にできるのか、そして時代に求められるコミュニケーションを実施できるかが試されている。まさに日本の正念場だ。

このままではまた戦争に負けてしまう。

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