無給医問題と医局の論理

NHKで無給医問題が取り上げられたとのことで軽く話題になっていました。どんな番組だったのかなと興味を持っているとNHKさんが記事を配信してくれていました。
ただ働きする医師たち~知られざる“無給医”の実態

医師の働き方改革は医者の待遇改善の話ではありません。無給医問題は患者さんの不利益に直結している問題だということをメディアの方々に理解いただかないと、国民的な理解を得ることができずに先に進まないでしょう。医療は医療者、患者、一般の人、みんなで作りあげて守るべき財産、社会的共通資本であることを共通認識として出発しなければなりません。

無給医問題

無給医とは

文字通り給与が無い医者です。医者はアルバイトで生活費をある程度稼ぐことができるため、主たる勤務先からの給料がなくても生きていけるのです。Yahooニュースの記事、「なぜタダで働くのか?「無給医」たちの現実 ~医師の視点~」にうまくまとめてあります。曰く、無給医には3タイプあると。

1. 「勉強したいから無給」医
2. 「大学院生で無給」医
3. 「医局の都合で無給」医

なるほど、うまく分けたなと思います。しかし実情を考えると2.と3.の違いがはっきりしないなと感じます。というのは大学院生というのも医局の都合によるポジションであることがあるからです。そこでもう少し大雑把に、「自分から無給医」と「やらされ無給医」に分けたいと思います。

自分から無給医

前述のYahooの記事で紹介されているように、自分が身につけたいスキルがあるが、それを学べるポストがないときに発生します。医者は勉強の機会と経験を積むことができるので妥協できます。病院側は安い労働力が手に入って助かります。お互い、win-winのように見えるので問題レベルは低めです。

また無給でなくても自分から薄給医というのもあります。たとえば国立がんセンターには、がん修練医というポストがあります。応募資格には「サブスペシャルティ領域専門医等取得済みまたは取得見込みの者」とあり、「平成30 年度給与支給見込み額 384,000 円/月額」です。専門医レベルの経験をもつ医師であれば、施設によってはこの倍額はもらえるでしょう。それでも自己研鑽のためにと薄給のがん修練医には希望者が多いと聞きます。

やらされ無給医

やらされ無給医の代表は、2.の大学院生でしょう。医師の大学院生が大学病院の臨床業務の手伝いをしていることは一般的です。臨床研究を行っていれば、臨床業務があながち大学院の研究と無関係とも言えないグレーさが拡大解釈されています。大学院生として学費を収めながら十分な研究時間を持つことができずに、無給あるいは薄給でつかわれることから若手の大学院離れが進んでいます。

3.の医局の都合で無給とされることもあります。そんな医局やめてしまえと思いますが医局をやめることは落伍者になることと捉えられる風潮があります。小さい頃から成績優秀な良い子として培養されてきた挫折を知らない若手医師には受け入れがたい評価です。また医局に所属することがまだまだ一般的なので、医局に所属せずに働き続けられるだろうか強い不安を感じます。結果として騒ぎ立てて問題にするより静かに時が過ぎ去るのを待ちます。

筆者の周りの経験談

幸い筆者の環境では大学院期間中に病棟に担当患者さんをもつかたちで臨床の手伝いする必要はありませんでした。珍しいことのようで医局の自慢となっています。理由の1つとして手術を行う診療科であることが影響している可能性があります。大学病院の各診療科が抱えることができる有給の若手医師ポストである医員の数は診療科の売上に比例しています。

一般外科医の友人A君も幸い無給医ではなかったと言います。なぜなら彼は病理学講座で大学院を過ごしたので病棟で患者さんを担当することはなかったからです。しかし診断業務や出身診療科からの問い合わせ対応、手術検体処理のため研究時間がけずられると言っていました。・・・それを無給医というのだよ。あまりにもタダ働きが一般化しているため無給医をしている本人も気付けないことがあるようです。

無給医は期間限定

「自分から無給医」も「やらされ無給医」も期間限定だと考えられています。その理由は、「自分から無給医」であればスキル習得すれば、無給医を続ける理由がないので終わります。「やらされ無給医」も大学院が終了すれば、数年我慢すれば異動や年功序列で終わります。

無給医をやらせている方も問題は認識しています。しかし「昔は自分もなんとか頑張った。」「状況は昔よりは(微妙に)改善している。」「数年で終わる。」「生活ができないわけでは無い。」などの理由で問題解決に積極的ではありません。待機児童や学童など子育て支援の政策が後回しになり人口減が確定した某国のようです。

無給医は医療の価値を低下させる

無給医の真の問題は待遇の問題ではありません。医療の質が低下することです。主たる勤務先から給料が出ないため医師は生活のためにアルバイトに出かけます。平日に違う病院で当直業務を行ったり、週末を違う病院で外来・当直業務をしたりすることは無給医には普通です。そのため無給医は十分な休息がとれていない可能性があります。

過労状態にあると集中力が低下しミスを起こすのは医師も同様です。米国では過労状態の研修医が関わった医療事故の反省から、研修医の労働時間が厳しく管理されています。無給医を他人事とかんがえて放置していると、医師の過労が原因となる医療事故に遭遇してしまうかもしれません。

大学病院などでは週1日平日に外勤に出かけている医師も少なくありません。なぜそのようなことが出来るかというと、そもそも週4日勤務の契約であることがあるからです。外勤後に病院に戻り仕事を行いますが、平日に病院を不在にすることで治療判断が遅れることがあります。結果として医療の質を低下させます。ちなみに外勤後に病院に戻って仕事をしても時間外がつけられない施設は珍しくありません。

医局の論理

無給医が医療安全の問題であることを少しご理解いただけたと思います。問題は誰かのせいにするのがすっきりします。この問題では医局を悪者にすることが一番簡単です。なぜなら無給医をさせているのは直接的には医局だからです。そこで医局の論理について触れてみます。

そもそも医局とは?

日本の医学部では医局講座制を採用されています。各医局講座は教授を頂点とするピラミッド構造となっており、准教授、講師、助教と役職が続きます。これらの役職者以外に大学病院の病棟業務を支える医員がいます。そして大学病院に求められる臨床・研究・教育を日々実践して日本の医療を支えています。

医局の力の源泉は人事権にあります。医局が握っているのは大学病院の人事権だけではありません。関連病院の人事権も握っています。世の中の多くの大病院の人事権を大なり小なり医局が握っています。そのため魅力の少ない関連病院にとばされて医師としてのスキルを磨けないかもという恐れを医局員に感じさせることができます。

医局がわかりにくい存在であるのは、法的に何の根拠もない心のつながりを基本とした組織だからです。そのようなワケワカメな存在が、組織として大学病院の高度先進医療を、関連病院を通じて地域医療を支えています。そして組織として次世代の医療のために研究・教育を進めているのです。でもその組織を支えるのは心のつながりだけです。

なぜ無給医をさせるのか

無い袖は振れないからです。診療科内の人事は握っていても病院内のポストを自由にできるほどの力がないのが、心のつながりである医局の限界です。前述のように大学病院の診療科の医員の数は売上に比例しています。売上が乏しいからと言って重要性が低いとか、仕事量が少ないということは決してありません。結果として有給ポストが確保できないが医局の仕事量から人がいるときに無給医が出てしまいます。

医局の人事で無給医を命じられたと言ってもアルバイトを禁止されているわけではありません。むしろ医局の考えとしてはアルバイトを斡旋して帳尻を合わせている感覚でしょう。有給医には平日に半日のアルバイト、無給医には平日丸1日のアルバイトを斡旋。または無給医には時間給の良いアルバイトを優先して斡旋するなど配慮があるでしょう。無給ポストになる申し訳なさは感じても、無給を命じている感覚は薄いと思います。

記事では産休を取るためポストを後輩に譲ったエピソードが紹介されています。社会の空気としては女性の社会進出に後ろ向きな時代遅れの医局に見えます。医局の実情からはどうだったのでしょうか?仕事量として3人の若手医師が必要だったとします。しかし医局が確保できた有給ポストは2人分です。後輩に有給ポストを譲ったということは年功序列で有給ポストに入っていたと思われます。そして後輩は無給ポストだったわけです。有給ポストの医員が産休を取ると、仕事を回すために無給ポストの後輩が2人に増員されます。医局から見ると無給ポストが2人より1人のほうが命じる不幸は少ないということになります。

また、このエピソードでは女性医師と医局側の人事の認識の違いが根っこに感じられます。女性医師としては大学病院に所属しているつもりだったと思います。法的にもそうでしょう。しかし、心のつながりである医局から見ると大学病院を含めた関連病院全ての中で医局員の人事を考えています。医局が産休の取れる常勤ポストを関連病院から探していたかもしれません。ただし育児、保育園、配偶者などの諸般の事情により大学病院以外の常勤ポストが受け入れられない女性医師だったことも考えられます。結果として女性医師は権利が侵害されたと感じて涙することになります。一方で医局はやれることはやったと考えているかもしれないのです。

本当にお金がないの?

大学病院の経営など末端の自分には知る由もないので、本当に無給医を無くせないかはわかりません。しかし大学病院の医師給与が一般病院の医師給与並みになることはないだろうと言えます。なぜか。それは大学病院の医師は病院の稼ぎとなる臨床の仕事以外に、研究・教育にも時間を取られるからです。臨床だけに専念する一般病院の医師の売上とは勝負になりません。

また大学病院の若手医師の人件費が安かったため(なんと無給w)、ワークシフトが進んでいないところが多く、医師でなくてもできる仕事の多くを医師が行うことが風習として残っています。結果として医師の売上に関わるパフォーマンスはなかなか上がってきません。

あるようでない、ないようであるというのが医局の力です。医局は大切な医局員を無給医にしてまで診療の質を守ろうとしています。しかし大学病院の経営を左右するほどの力はありません。抜本的な構造改革など医局には期待できません。医局を運営しているのは人事や経営のプロではなく医療のプロである医師なのです。

解決するの?

無給医の問題は医療安全の問題なので解決しなければなりません。大学病院のあり方に関わる構造的な問題のため、直接の加害者のように見える白い巨塔たる医局にも解決能力は期待できません。そのため業界内で問題だとは認識されていても、どうしようもないと長らく放置されてきました。女性差別という問題から派生して日の目を見たのはある意味チャンスです。

大学病院に魅力を感じない若手医師が増えています。臨床医としてのスキルを磨くにあたっては大学の経験は必須ではないからです。大学病院を経験する人材がへるということは、医学研究に進む優秀な人材が減る可能性があります。研究が好きかどうかなんか触れて見なければわかりません。医療は臨床と研究の両輪で進んでいます。研究職に進む優秀な医師が減ると医療レベルの停滞・低下が危惧されます。

無給医として表に出た医療の矛盾を他人事として放置すると自分に返ってきます。医療はみんなの財産です。医療者だけでは守れないのです。2000年代初頭の異常な医師叩きから、ようやく医師の働き方改革から医療の上手なかかり方が話題になるようになってきました。どうやら医療がやばいらしいという空気感が醸成されてきたようです。良い方向に向かってくれるのではと淡い予感を感じさせます。

メディアへの期待

NHKの担当記者さんが無給医問題の取材を進めたのは、記事の中で明らかにしているように東京医科大の不正入試問題(個人的には不平等入試問題と呼びたい)がきっかけだそうです。つまり男女平等の理念を出発点として問題意識を持ち取材を開始されています。そして見逃すことができない問題として取材を続けると結んであります。

無給医の問題は、安全な医療を受ける権利が侵害されていることです。無給であることを叩くだけでは薄給医が増えるだけです。医局にも悪いところはもちろんありますが、安易な悪者探しではなく、医療を守るため医療をより良くするために何ができるかを、医療者、患者、一般の人、みんなに考える機会を与えてくれるような報道を期待します。